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     岡田武史氏が語る、日本代表監督の仕事とは

    2009-12-26

    早稲田大学は12月11日、ICC(早稲田大学国際コミュニティセンター)開設3周年記念「働く杯」を開催、特別講演でサッカー日本代表監督の岡田武史氏が自らの仕事に対する姿勢を語った。【堀内彰宏】

     岡田氏は早稲田大学卒業後、古河電気工業(ジェフ千葉の前身)や日本代表でディフェンダーとして活躍し、1990年に現役を引退。引退後は指導者の道を歩み、ジェフ市原コーチ、日本代表コーチを経て、フランスW杯最終予選では更迭された加茂周氏の後任として日本代表監督に就任、日本を初のW杯出場へと導いた。その後はJリーグのチームの監督として年間王者に2度輝き、2007年からはイビチャ・オシム氏の後任として再び日本代表監督を務め、南アフリカW杯への出場を決めている。

    ●勝っても違和感があった

    岡田 僕はフランスW杯の日本代表監督を辞めた後、J2のコンサドーレ札幌の監督に就任して、2000年にJ2で優勝してJ1に上がって、J1で1年やって辞めました。その次に横浜F・マリノスの監督を2003年から4年間やって、J1で2回優勝しました。

     しかし、勝ったり、優勝したりしてうれしいのですが、いつもどこかに「俺、これでいいのかな」という気持ち、うれしいんだけど「まだ自分の本当のチームじゃない」という気持ちが残っていました。

     それはどういうことか? 僕は理屈で選手を納得させて動かすことは得意なんです。例えば、トップレベルだと今、得点の約40%はフリーキックやコーナーキックなどのセットプレーから生まれます。残り60%のうちの10%は、キーパーのチョンボのような、どうしようもないアクシデントから生まれます。

     そして残り50%のうちどれくらいが普段よく言われたり、練習したりしている「後ろからボールをつないで相手を崩して点を取る」ということなのかというと、世界でも15%くらいです。日本のチームだと10%を切る。では、それ以外はどういう得点なのかというと、相手のボールを奪って速く攻めていくカウンターアタックなんです。

     ということは、カウンターアタックを抑えたら失点が減るということですよね。自分のチームが攻めている時に、敵のフォワードが1人残っているとしましょう。これに対してディフェンダーが2人残ります。この1人を抑えたら、カウンターアタックの脅威が半分になります。僕はいつも敵のフォワードの1メートル前に1人、3メートル後ろに1人を位置取らせて、前に来るボールは前者がカットして、後ろに来るボールは後者がカットするようにしています。これをやるだけで失点が激減します。そうすると選手も「おお、なるほど。監督の言う通りにやったら勝てるなあ」となります。

     ところが、そうやっているうちに困ったことが起こりました。サッカーの攻撃では、相手のゴールに一直線に向かうのが手っ取り早くて一番いいわけです。ところが相手もそれが怖いから、中央のディフェンスを固めます。そうすると僕は「中央を攻めに行ったら、カウンターアタックを受ける。ボールをサイドへ出せ」と言うわけです。

     最初のうち、選手はやっぱり中央に行きたいわけです。かっこいいし、面白いし、サッカーの醍醐味ですよね。「中央に行きたいな」と思うけど、監督が「サイドへ出せ」と怒鳴っている。「しょうがないな」ということでサイドに出す。そうすると、やっぱり勝つんですよ。これで選手がどうなるかというと、「監督が言った通りにやったら本当に勝つな」ということで、だんだん一番大切な中央を見ずに、ボールを持ったらロボットのようにさっとサイドに出すようになったんです。

     ど真ん中が空いていたら、ど真ん中に行くのが一番いいんですよ。ところが、「監督の言う通りやったら勝つ」とみんな思ったら、何も考えずにサイドに出すようになった。そういう選手たちを見ていて、「俺は本当の指導者なのかな。こういう指導でいいのかな」と勝っても勝ってもずっとどこかに引っかかっていました。

     横浜F・マリノスの1年目(2003年)は年間王者になりました。それで2年目(2004年)は「もういいや、こういうやり方は。お前らちょっと自由にやってみろ」と言ったところ、開幕から1分2敗でクビになりそうになりました。「これはマズイな」と思って、選手に「悪かった。もう1回やり方をもとに戻す。今からでも間に合うかどうかは分からないけど」と言ったら間に合っちゃったんですよ。2年目も優勝したんです。

     3年目(2005年)は「もういいや。こういうのは絶対やんねえ。こういう風にやったらどうかな」とテストしたら、中位(18チーム中、年間9位)でしたね。僕は3年間Jリーグのチームの監督をやって、1年間はワールドカップの解説をするようにしていました。このリズムが一番生活が安定するんですよね、稼ぎが(笑)。ただ、その年は悔しくて、「自分の殻を破りたい」と思って4年目を引き受けてしまったんです。

     それで、「今度はこういうやり方をやってみよう」と思ってやったんです。でも、やっぱりダメだった。それで、その時は自分自身もそう思っていたのですが、表向きは「家族を亡くして、とても戦える状態ではない」ということで辞めました。でも、後で「あの時に本当に自分が理想とするような指導ができて、チームがうまくいったら辞めたかな」と考えたら、「多分やめなかっただろう」と。たまたま家族を亡くしたということを理由に辞めたのですが、実は「俺は自分の指導者としての限界を感じていたのではないか」と思ったのです。

    ●“秘密の鍵”を探して

    岡田 辞めてちょっと休んだ後、「指導者としての自分の限界を破りたい」と思って滅茶苦茶勉強しました。勉強といってもサッカーの勉強というより指導法の勉強、人間としての勉強ということで、いろんな経営者のセミナーに出たり、会いに行って教えを請うたり、脳や心理学などいろんなことを勉強したりしました。

     怪しいこともいろいろやりました。空手や古武術、気功とか、占星術師のところまで行きましたが、ともかく何でもやりました。でも分からなかった。「自分が指導者としての殻を破るための“秘密の鍵”があるはずだ。それが何なのか見つけたい」と思って勉強したのですが、この秘密の鍵は見つからなかった。

     僕は「また同じことをやるのはもういい。この秘密の鍵が見つかるまで、俺は絶対現場に戻らない」と思っていて、事実Jリーグのチームからいくつかお話をいただいていたのを全部お断りしていました。そんな時(2007年11月16日)、前日本代表監督のイビチャ・オシムさんが倒れられたんです。僕がJリーグのオファーを断って、「さあもっと勉強しなきゃ」と思っている時に倒れた。

     そして日本サッカー協会の人が来て、「本当に大変な仕事だということは分かっています。でも、ぜひやってください」と言われました。僕は実を言うと、そのオファーをもらった瞬間に「やる」と決めていたんです。これ、理由は本当に分からないです。自分の腹の底から、「これを絶対俺はやらないといけない。逃げちゃダメだ。これにチャレンジしないといけない」とふつふつと沸いてきたんですね。

     頭で考えたら、どう考えても割に合わない。そりゃあ5億円とか10億円をもらえるのなら別ですけど、そんなにくれるわけがないですし、「こんな割に合わない仕事、頭で考えたら引き受けたらいけねえ」と思うのですが分からないんです。「やるんだ。俺は絶対これをやるんだ」と思いました。

     協会の人に「こんな大変なことをすぐに返事できないでしょう。まだ1週間くらい時間があります。考えてください」と言われたのですが、僕は言われた瞬間にもう「やる」と決めていたんです。でも、すぐに「やる」と言うと軽いでしょ、ちょっと(笑)。「分かった、ちょっと考える」と言って、2〜3日して返事をしたのですが、家族もまさか僕がやるとは思っていなかった。

     フランスW杯の日本代表監督の時に、家族もかなりつらい目をしましたから。そういう意味で「まさかやらないだろう」と思っていたのに僕は「やる」と言ったら、かみさんに「本当に引き受けるの?」と言われて「やる」。「えー」「やりたいんだ」「自信あるの?」「全然ない」「じゃあ何で引き受けるの!」とすごい怒られたんですけど、自分でも分からない。

     「やんなきゃいけない」という気持ちだけで引き受けてから大変な仕事だと気付いたのですが、最初の仕事が南アフリカW杯アジア地区3次予選だったんです。Jリーグのシーズン明けで、そんなに準備もしていませんでした。「秘密の鍵も見つけていないのに、俺やっていいのか?」と引き受けてからそんなことを考えていたのですが、と言ったらまた叩かれますね。「そんな感じで引き受けて」と(笑)。でも、それが事実なんです。

    ●バーレーン戦で負けて開き直った

    岡田 僕はW杯予選の難しさや怖さを知っていたのですが、もう時間が忘れさせているんですね。3次予選の相手(タイ、バーレーン、オマーン)を見たら「何とかなるだろう」と思い、今までの流れ通りでいこうとしたところ、最初のタイ戦(2008年2月6日)には勝ちました。

     しかし、2試合目のアウェーのバーレーン戦(2008年3月26日)で、残り時間があまりない時(後半32分)にポロっと入れられてしまって0対1で負けた。まあ大騒動ですね。「バーレーンに負けたから、W杯に行けないかもしれない」といろいろ叩かれもしましたし、自分自身も相当苦しみました。

     本当にのた打ち回るほど苦しんだのですが、「よく考えたら自分自身の腹のくくりがなかったから当たり前だ。W杯予選が大変だと知っているのに、何て俺は甘いんだ。しょうがない。俺はもう自分のやり方でやるしかない。秘密の鍵もくそもない。誰がどう言おうが今の俺にできること以外できねえんだから、俺のやり方でやるしかねえんだ」とその時に開き直った。

     「開き直り」という表現は悪いかもしれないですが、これはある意味どんな仕事でもトップやリーダーになったら、一番大事な要素かもしれないですね。「監督の仕事って何だ?」といったら1つだけなんです。「決断する」ということなんです。「この戦術とこの戦術、どっち使う?」「この選手とこの選手、どっち使う?」ということです。

     ただ、「この戦術を使ったら勝率40%、この戦術だったら勝率60%」「この選手だったら勝率50%、こっちの選手だったら勝率55%」、そんなもの何も出てこないんです。答えが分からないんですね、それをたった1人で全責任を負って決断しないといけない。

     例えばコーチを集めて「お前どっちだと思う?」と多数決をとって、「3対2だから、はいこっち」と絶対いかない。全員が反対しても、たった1人で全責任を負って決断しないといけない。これがW杯出場が決まるかどうか、優勝が決まるかどうかという試合だったらとても怖いです。「この決断1つですべてが変わる」と思うと滅茶苦茶ビビります。考えに考えます。論理的に考えても答えは出ないのですが、必死に考えます。「相手がこうしたらこうだ。こうなったらこうだ」と考えても答えは出ません。

     じゃあ「どうやって決断するか」といったら“勘”なんですよ。「相手のディフェンスは背が高いから、ここは背が高いフォワードの方がいいかな」とか理屈で決めていたらダメなんです。勘なんです、「こいつ(を使うん)だ」と。

    ●素の自分になって決断できるかどうか

    岡田 じゃあ全部勘が当たるかというと、そう当たりはしないですね。でも、当たる確率を高くする方法があるんです。それは何かというと、「決断をする時に、完全に素の自分になれるかどうか」ということです。「こんなことをやったら、あいつふてくされるかな」「こんなことやったら、また叩かれるかな」「こんなこと言ったらどうなるかな」、そんな余計なことを考えていたら大体勘は当たりません。本当に開き直って素の自分になって決断できるかどうか、これがポイントなんです。

     僕は座禅をやるのですが、座禅でよく言う“無心”。無の心なんて簡単になれないですよ、そんなもん。僕は自分の弱さを知っていますから、できるだけ邪念を入れないためにいろいろやります。

     例えば、僕は選手と一緒に酒を飲んだりは絶対しません。なぜか? 酒を飲んでわいわいやって、翌日「君、クビ」と僕は言えない。仲人は絶対しません。仲人をやって奥さんやご両親知っていて「はい、君アウト」と僕は言えない。浪花節なところがあるんでね。だからあえて僕はそういう一線を常に引いています。

     この前、ケープタウンでヒデ(中田英寿)がたまたま来ていて、「飯食いませんか?」と言うから、僕はちょっとほかの人と先約があったので「俺は人とここで食ってるから、もしよかったら来たら」と言ったら来たことがあります。酒を飲みながら話していて、「あれ、俺よく考えたら、ヒデとこうやって酒を飲むのは初めてだな。10何年間なかったな」と思ったくらい、僕は自分の中で一線を引いています。

     僕も人間ですからみんなから「いい人だ」と言われたいし、好かれたいですよ。でも、この仕事はそれができないんです。なぜなら、選手にとっての“いい人”“いい監督”というのは「自分を使ってくれる監督」ですから。僕は11人しか使えないので、あきらめないとしょうがないんです。

     選手でも日本代表選手にもなるとみんなしっかりしていますから、「監督、僕はこう考えていて、こういう風にしたい」とか「私生活でももっと自由にこういうことをしたい」とかいろんなことを言ってきます。

     僕は聞きます。正しいと思ったらもちろん受け入れますが、そうではなかったら「俺は監督として全責任を負ってこう考えている。お前は能力があると思うからここに呼んでいる。お前がやってくれたら非常にうれしい。でも、どうしてもやってられない、冗談じゃねえというのなら、これはしょうがない。俺は非常に残念だけどあきらめるから出て行ってくれ。怒りも何もしない、お前が選ぶんだ」と言います。みなさんはご存じないと思いますが、つい最近もそういう事件がいろいろあって、その時もそういうスタンスを常に僕はとっていました。

     そこで選手の肩を抱いて、「お前、頼むからやってくれ」「お前がやってくれたら」なんてことをやっていたらチームなんかできません。ましてや代表チームなんてお山の大将が集まってきているわけですから、とてもできないです。ある意味突き放したようなところがあります。

     そりゃあ正直、(選手を落とすことは)やりたくないですよ。ジーコが日本代表監督の時、2006年ドイツW杯直前に久保(竜彦)をメンバーから落としたんです。その時、僕は久保が所属している横浜F・マリノスの監督だったんですね。久保が落とされた後、マリノスの練習場から帰ろうとしたら、たまたま駐車場に久保の家族がいて、久保には小さなかわいい女の子がいるんですけど、その子が「ジーコだいっきらい」と叫んでいたんですね。「ああ、また俺もそうなるんだなあ」と思い出しました。

     ほかにも、スタジアムに試合を見に行ったら、じーっとにらんでいる女の人がいるんですね。「身に覚えがないなあ」と思って聞いてみたら、僕がメンバーから外した選手の奥さんだった。それは当たり前なんです、そうなるんですよ。それが嫌だったら日本代表監督なんてできないのですが、そういう意味でいかにいろんな雑念を払って、チームが勝つために決断できるかが大事です。

     その時に例えば、私心で「俺がこう思われたいから」「俺がこうなりたいから」と思って、選手を外したとしますよね。これは一生うらみをかいますよ。ところが自分自身のためではなく、「チームが勝つために」という純粋にそれだけでした決断というのは、いつかは伝わるんです。そりゃね、みんな落とされた時は頭にきますよ。会いたくもないでしょう。

     でも、「本当にそういう私心がなくやったとしたら、いつかは伝わる」と僕は信じているんです。そう信じないと中々できないんですけどね。外国人だったら自分の国に帰ってしまえばいいのですが、僕は一生この日本のサッカー界にいるわけですから、そういう奴らとまたどこで出会うか分からないわけです。そういう意味で私心をなくして、無心の状態で決断していかないといけない。

     でも、どうです。無心になるために修行を積んでいるお坊さん、銀座でクラブの姉ちゃん相手にいっぱい酒を飲んでいますよ。そんなもんね、簡単に無心になんかなれないですよ。この俗物の固まりみたいな俺が無心になれるわけがないんですよ。ところが、手っ取り早く無心になる方法が1つだけあるんです。何かといったら、どん底を経験するんです。

    ●遺伝子にスイッチが入る

    岡田 経営者でも「倒産や投獄、闘病や戦争を経験した経営者は強い」とよく言われるのですが、どん底に行った時に人間というのは「ポーンとスイッチが入る」という言い方をします。これを(生物学者の)村上和雄先生なんかは「遺伝子にスイッチが入る」とよく言います。我々は氷河期や飢餓期というものを超えてきた強い遺伝子をご先祖様から受け継いでいるんですよ。ところが、こんな便利で快適で安全な、のほほんとした社会で暮らしていると、その遺伝子にスイッチが入らないんです。強さが出てこないんですよね。ところがどん底に行った時に、ポーンとスイッチが入るんですよ。

     僕は1997年のフランスW杯予選の時にスイッチが入りました。当時は今なんかと比べ物にならないくらい、日本中がちょっと気が狂っていたかのように大騒動していました。初めて出られるかもしれないW杯を前にして、みんなが何も分からなかったんです。

     スタジアムでイスを投げられたりして、(国立競技場の警備をしていた)四谷警察署の人から「危険ですから裏から逃げてください」と言われて、「何で逃げなきゃいけないんだ。俺は何も悪いことをしていない。正面から出て行く」と言っても、パトカーに押し込まれて裏から逃げたりね。それは悔しかったですよ。

     僕はあの時も急に監督になったので、有名になると思っていなかったから電話帳に(住所や電話番号を)載せていたんです。脅迫状や脅迫電話が止まらなかったですよ。家には変な人が来るしね。僕の家は24時間パトカーが守っていて、「子どもは危険なので、学校の送り迎えをしてください」という状況で戦っていました。

     ある時、ピンポーンと鳴って、「はい」と言って出たら、「私、中田さんと結婚したいんですけどどうしたらいいでしょうか」と言われて、「はあ、ちょっとサッカー協会に聞いてみてください」と答えたらいったん帰ったものの、またピンポーンと来て、「あのう、サッカー協会の電話番号を教えてください」と言われて、「ほっといてくれよ」と思ったこともあります(笑)。それは、まだいい方ですよ。

     本当にありとあらゆることがあって、テレビで僕のことがボロカスに言われているのを子どもが見て泣いていたりとか、家族も本当に大変な経験をしました。自分自身もそんな強い人間ではないですから、のたうちまわっていましたね。自分の部屋でものを投げたりすることもありました。

     そんな中、最後にマレーシアのジョホールバルというところで、イランとの最終決戦がありました。そこで負けてもオーストラリアとのプレーオフがあったのですが、オーストラリアは大変だということで、僕はジョホールバルから家内に電話して、「もしイランに勝てなかったら、俺たちは日本に住めないと思う」と言いました。冗談じゃなく、その時本気で考えていたんです。「2年くらい海外で住むことになると思うから覚悟していてくれ」と本気で話していました。

     ところが、その電話をしてちょっとすると、何かポーンと吹っ切れたんです。「ちょっと待てよ。日本のサッカーの将来が俺の肩にかかっているって、俺1人でそんなもの背負えるかい。俺は今の俺にできるベストを死ぬ気でやる、すべてを出す。でも、それ以外はできない。それでダメなら俺のせいちゃうなこれは。絶対俺のせいちゃう。あいつあいつ、俺を選んだ(日本サッカー協会)会長、あいつのせいや(笑)」と完全に開き直ってしまった。

     そうしたら、怖いものは何もなくなった。何か言われても「悪いなあ、俺一生懸命やってんだけどそれ以上できないんでな。もう後はあの人(会長)に言って」という感じに完全に開き直った。本当にスイッチが入るという感じだった。要するにそうやって人間が本当に苦しい時に、簡単に逃げたりあきらめたりしなかったら、遺伝子にスイッチが入ってくるということです。

     よく標語が書いてあるカレンダーがあるじゃないですか。ジョホールバルから帰ってきた後、吊るしてあったのをたまたま見ると、「途中にいるから中途半端、底まで落ちたら地に足がつく」と書いてあったんです。その通りなんですよ。苦しい、もうどうしようもない、もう手がない。でも、それがどん底までいってしまうと足がつくんですよ。無心になんか中々なれないけど、そういうどん底のところで苦しみながらも耐えたらスイッチが入ってくるということです。

    ●目標はすべてを変える

    岡田 そうやって開き直って無心に近い状態で決断すると大体当たる。そうでない時にはやっぱり外れる。僕はバーレーン戦で負けた時に昔を思い出して、完全に開き直れたんですね。それからは「自分の思った通りやる。秘密の鍵もくそもねえ。自分の今やれることをやるんだ」ということで、コンセプトを作って、何とか3次予選を突破しました。

     そして最終予選に向かう前、夏(2008年8月20日)にウルグアイと札幌で試合をしました。夏の暑い時、Jリーグの連戦の最中で、札幌に2日前に集合して、パッと試合して解散するというものでした。全然ベストメンバーが呼べなくて、呼ばれた選手にしてみれば、ひょっとしたら「あーあ、呼ばれてしまった」という感じの試合だったんですね。

     代表チームというのは難しくて、みんな自分のチームがあるので逃げ道があるわけです。代表でダメでも、自分のチームに帰ればいいよと。この試合は3対1で完敗しました。ところが選手は、「呼ばれましたから来ました」「試合出ろと言われましたから出ました」「こういうサッカーやれって言われたからやりました」「はい負けました。帰ります、さようなら」と淡々と帰っていったんです。

     「負けるのは仕方がない。でも、このままだと何回やっても同じことの繰り返しだ。どうしたらいいんだろう」ということで考えたのが、明確な共通した目標を持つこと。そしてもう1つは、「このチームはこういうチームなんだ」という“フィロソフィー(哲学)”を作ること。実は僕はどこのチームの監督をやる時でも、フィロソフィーを作っていたのですが、日本代表だけは「たまに集まるチームだから、そんなのやってもしょうがない」と思って作っていなかったんです。そしてこの時、初めてフィロソフィーを作りました。

     明確な目標はもちろん「W杯本大会でベスト4入ることに本気でチャレンジしねえか」ということ。みなさんはいろんな成功の書とか読んで「目標設定って大事だ」と思っているでしょうが、今みなさんが思っている10倍、目標は大事です。目標はすべてを変えます。

     W杯で世界を驚かすために、パススピードを上げたり、フィジカルを強くしたりと、1つずつ変えていくと、かなりの時間がかかります。

     ところが、一番上の目標をポンと変えると、オセロのように全部が変わります。「お前、そのパスフィードでベスト4行けるの?」「お前、そんなことでベスト4行けるのか?」と何人かの選手にはっきりと言いました。「お前、その腹でベスト4行けると思うか?」「夜、酒かっくらっていて、お前ベスト4行ける?」「しょっちゅう痛い痛いと言ってグラウンドに寝転んでいて、お前ベスト4行けると思うか?」、もうこれだけでいいんです。

     本気でチャレンジすることは、生半可なことではありません。犠牲が必要です。「はい、ベスト4行きます」と言うだけで行けるわけがない。やることをやらないといけない。それは大変なことです。でも、「本気でチャレンジしてみないか」という問いかけを始めて、最初は3〜4人だったのが、どんどん増えてきた。これは見ていれば分かります。本気で目指すということは半端じゃないことです。それを今、やり始めてくれているんです。

    ●「Enjoy」とはどういうことか

    岡田 もう1つのフィロソフィーについては、マスコミさんがいる前では話したことがないのですが、最近はこの話を選手にもしなくなった。というより、する必要がなくなった。だから今日はちょっと簡単にお話ししようと思います。

     1つは「Enjoy」と言っています。「楽しむ」ということなのですが、英語で言っているのは日本語で「楽しむ」と言っても何かピンとこないからです。

     日本代表選手になるくらいの奴は子どものころ、「俺にボールよこせ」「俺にボールよこせ」とお山の大将です。プロだろうが日本代表だろうがW杯だろうが、そのサッカーを始めた時の喜びやボールを触る楽しみを絶対忘れてはいけないということです。

     大人になってくると、「今、ちょっとボールいらない」とだんだんなってきます。なぜか? 「プレッシャーが強いし、ミスをしそうだ」ということで守りに入っているからです。そうしてうまくなった選手を今まで見たことありません。相手を恐れておどおどプレーしたり、ミスを恐れて腰の引けたプレーをしたりする姿は絶対見たくない。「みんながピッチの上で目を輝かせてプレーする姿を見たい」ということです。

     Enjoyの究極はどういうことかというと、自分の責任でリスクを冒すことなんです。日本の選手は「ミスしてもいいから」と言ったら、リスクを冒してチャレンジをするんです。ところが「ミスするな」と言ったら、途端にミスしないようにリスクを負わなくなるんです。

     例えばギャンブルで、大金持ちのお金を分けてもらって「それで遊んでいいよ」と言われて大もうけしても失っても、面白くもくそもないでしょ。自分のなけなしの金を賭けるから、増えたら「やったー」と思うし、なくなった時に「うわ、やばい」と思う。要するに「ミスするなよ」と言われている中でいかにリスクを自分の責任で負えるか、それが本当のスポーツのEnjoyなんです。

     本当にEnjoyするためには何をしないといけないかというと、「頭で考えながらプレーするな」ということです。どういうことかというと、脳は(大脳)新皮質と(大脳)旧皮質からできていて、脊髄からつながっているところが旧皮質で、簡単に言うとどんな動物でも持っている本能のようなところです。そして、人間と一部の動物が発達しているのがその周りの新皮質で、ここは物事を論理的に考えたり、言葉を喋ったりするところです。

     ところが、コンピュータの演算速度で例えると、新皮質は演算速度が非常に遅い。例えば、新皮質で考えながら自転車には乗れない。右足のひざをこの辺まで曲げて、このくらいまでいったら体重を左にかけて……なんて考えながら乗れないですよね。キャッチボールもできない。ひじを伸ばして、ボールが来たから指を開いて、次に閉じて……と考えていたら間に合わない。旧皮質で感覚的にやっていかないといけない。スポーツというのは旧皮質でやらないといけないんです。

     ところが日本人はどうも教えられ慣れているので、ボールが来たから胸でトラップして……と新皮質で考えながらやってしまう。だから、向こうでは全然大したことないようなブラジル人がバンバン点を取る。あいつら何も考えていない。来たボールをボンと蹴るだけ。ある意味そういうことも大切。練習では考えてやらないといけない。でも、「試合ではそれを頭を使ってやるな。自分が感じたことを信じて、勇気を持ってプレーしなさい」、それがEnjoyです。

    ●“自分のチーム”という意識を

    岡田 2つ目に「our team」という言葉を言っています。「みんな、自分のチームという意識がないな」ということでフィロソフィーを作ったので、これが一番大事と言えば大事なのですが、「このチームは誰のチームでもない。俺のチームでもない。お前ら1人1人のチームなんだ」ということです。

     でも、そう言っても「自分のチームだ」なんて思う人は中々いない。例えば、日本人だとコーチが「チーム全員で声を出して体操」と言ってやるでしょ。でも、3分の1くらいしか声を出さない。「おいお前、今コーチが全員でと言わなかったか?」と言ったら、「いや、僕が声を出さなくても誰かが出します」と答えてきて、「みんながそう思ったらどうなるんだ。1人1人が自分のチームと思わないとどうするんだ」と言うようなものです。

     コンサドーレ札幌で監督をしていた時に忘れもしないことがありました。残り時間10分くらいで0対1で負けている時、ベンチの前を通ったサイドバックの奴が、ベンチの僕の顔を見て走っているんです。「何でこいつ見てんのかな?」と思ったのですが、分かったんです。「今、チームは負けていますけど、僕は監督に言われた役割はしっかりやってまっせ」とアピールしているんです。「アホかつうねん。お前がどんだけ役割やっても、チームが負けたら一緒やないか」と怒りが沸いてきました。

     例えば、会社の商品が売れないで倒産しそうな時に、「僕は経理ですから」とか言っていたらダメ、どんなにすばらしい計算をしても会社が倒産したら一緒です。残り時間10分で0対1というのは、「みんな外に出て商品を売ってこい」という時です。でも、僕はそれをやらせてしまっていたわけなんですけどね。自分のチームを「キャプテンが何とかしてくれる」「監督が何とかしてくれる」と思わせてしまっている。「違う。お前が何とかするんだ、このチームを」ということなんです。

     村の祭り酒という話を、選手によくします。収穫を祈念して、夏祭りをする村があった。祭りでは、お酒が入った大きなたるを、みんなでパーンと割って始める風習があった。ところがある年、貧乏でお酒が買えなくて、みんな集まって「どうしよう、これじゃ祭り開けねえな」と悩んでいた。するとある人が、「みんなが家からちょっとずつお酒を持ってきて、たるに入れたらどうだ?」と提案した。「それはいいアイデアだ」ということで、みんなが持ち寄ってたるがいっぱいになった。「これで夏祭りを迎えられる。良かった」ということで当日にパーンとみんなで割って「乾杯」と言って飲んだら、水だったという話です。みんな、「俺1人ぐらい水を入れても分かんないだろう」と思っていたんです。

     チームでもそういうことはあります。9月5日のオランダ戦(3対0でオランダ勝利)で1点目を入れられた後、みんなそうなりました。「チームはちょっと負けてるけど、俺は一生懸命やってるからまあいいや」ということで、だんだんみんなが引いてくるのが分かるんです。その次の9月9日のガーナ戦(4対3で日本勝利)はそれをかなり僕は言いましたから、2点差がついても彼らは向かっていきました。そういう意味で、このour teamというのは「自分のチームだということを忘れんな」ということです。

    ●人を変えることは簡単ではない

    岡田 これは日本人だけではないのかもしれないですが、「教えてくれない」「育ててくれない」と何でも他人任せの人がいます。「アホちゃうか」と思うんですけどね。人を育てるとか変えるとかそんなことできないですよ、本人が本気になって変わろうとしない限り。

     僕は横浜F・マリノスの時に、ミスターマリノスと言われるような奴がいてそれまでずっとレギュラーだったのですが、僕が監督になってからは1試合も使わなかったんです。それで1年終わった時、いろんなチームから移籍のオファーが来たんですね。でも、まだ契約が残っていた。すると給料が高いから移籍金が高くなって、ほかのチームが二の足を踏んでいたんです。僕は本人を呼んで、「お前も悔しいだろう。このままだったらおさまりがつかないだろう。お前が(他チームに)出るというなら、俺がチームとかけあって移籍金を下げてやるぞ」と言ったら、そいつは「ちょっと考えさせてください」と言ったんです。

     僕はてっきり出ると思っていたんです。するとそれから2、3日して、「もう1回チャレンジさせてください」ときた。そいつはすばらしい男で絶対チームの足を引っ張ったりしなかったから、「僕はお前が残るというのであれば全然問題はない」と言っていたので、「もう1年チャレンジさせてください」と言われたら断る理由はないので受け入れました。ただ、「もう1年いても絶対使わんけどなあ」と思っていたんです。

     ところが「もう1年チャレンジさせてください」と言ってから、そいつはガラっとプレースタイルを変えた。それまでは彼なりのサッカー観というものがあって、頑固にプレースタイルを変えなかったんです。もちろんプレースタイルを変えたら使いますよ、いい選手ですから。そいつのおかげで2年目(2004年)に優勝できたんですよね。これは俺が変えたんでも何でもない。本人が「変わらなきゃ」と必死になったから変わっただけの話です。そんな簡単なことではないんですよ、人を変えるということは。

     「何でもやってもらえるもんだ」と思っている人が多いんです。例えば、スランプになった選手というのは大体、ものほしげにこっちを見るんですよ。「何か教えてほしい、助けてほしい」という顔でね。言ってやれることはいっぱいあるんですよ。ボール蹴る時の動きとか走り方が悪いとかいろいろあるんですけど、たいてい言ってもダメなんですよ。コーチは何やかんやアドバイスしようとするのですが、「ほっとけ、ほっとけ」と言うんです。

     スランプの泥沼にあえいでいる奴らが10人いるとするじゃないですか。泥沼であえいでいる時に早く手を出してバッと引き上げても、手を離したら大体もう1回落ちるんですよ。そして2回目に落ちた時というのは、中々上がってこない。これ放っておくと、10人いたら5人はそのまま沈みます。でも、5人は必死になってもがき苦しんで、自分の力で淵まではい上がってくる。その時に手を貸した奴は残ります。

     その代わり5人はそのまま沈んでいきますよ。そいつらからは「あの人は何もしてくれない。ものすごく冷たい人だ」と言われますよ。だから僕はコーチに、「お前な、今お前が手を貸したら、『あの人はいい人だった』と言ってくれるけど、みんなまた落ちてしまうぞ。放っておいたら5人には『ひどい人だ』と言われるけど、5人は残るぞ。お前どっちをとる?」と言うんです。これはコーチにはちょっと酷で、人事権を持った監督でないと中々できないんですけど、それくらい誰かに頼るんじゃなくて、自分でやるという人がものすごく少ないんですよね。

     芝生でもそうなんです。肥料や水をバンバンやると根が伸びないんです。見た目はきれいなんですけど、スパイクでちょっと歩くとグニャっとめくれるような芝生になってしまいます。芝生も大したもので、水をちょっとやらないと茶色くなって枯れたふりをするんです。そこで水をやると、「人間、まだ甘いな」となめてかかられる。さらに放っておくと、「やばい」と思って、自分で根を伸ばして水を探しに行くんですよね。マリノスの時に「この芝生、また枯れたふりしていますから」と言って水をやらなかったら、そのまま枯れたことが1回ありましたけど(笑)。これは難しいところなんです。

     でもそういうもんでね。「いろんなことを人にやってもらうんじゃなくて、自分でやらないといけない」という意味をour teamという言葉に込めています。

    ●勝負の神様は細部に宿る

    岡田 3つ目が「do your best」。「チームが勝つためにベストを尽くせ」という意味です。例えばマネージャー。予定が変わるとマネージャーは大変なのですが、変更することは当たり前。「お前の仕事がやりやすいためにチームはあるんじゃない。チームが勝つことにこだわれ」ということです。

     4つ目が「concentration」。これは「集中する」ということですが、何に集中するかといったら「今できることに集中しろ」ということです。「動物は今を精一杯生きている。でも人間は、済んだことを悔やんで今できない。先のことを心配して今できない。俺はそういうのは大嫌いだ。今できることをやってくれ」という言い方をします。そう簡単にいっても中々できないんですけど。

     前に山形の講演でこの話をした時に、最後の質問コーナーで賢そうな顔をした小学生が一番に「はいっ」と手を挙げて、「僕は県選抜に選ばれています。でも今、怪我をしていてプレーできません。ライバルがいます。ライバルがものすごく調子良くて、僕は心配で心配でしょうがありません。こういう時のメンタルのコントロールはどうしたらいいでしょう?」と質問したんです、小学生ですよ。そこで、「おお、君は大したもんだなあ。でも君な、そのライバルのわら人形を作って呪い殺せるか? できへんやろ。今、君にできることは何だ? 恐らく怪我を治すことしかできないはずだ。相手のことは怪我が治ってから考えろ」とアドバイスしました。

     勝負の鉄則に「無駄な考えや無駄な行動を省く」ということがあります。考えてもしょうがないことを考えてもしょうがない。負けたらどうしよう。負けてから考えろ。ミスしたらどうしよう。ミスしてから考えたらいい。「余計なことを考えて今できない、なんて冗談じゃない」と言います。できることは足元にある。今できること以外にない。それをやらないと、目標なんか達成できないんです。

     それでは選手が今できることは何かというと、日ごろのコンディション管理、集中したすばらしい練習をすること、試合でベストを尽くすこと。「この3つをきっちりやらないで、優勝しますとか、ベスト4行きますとか冗談じゃねえ」と言います。小さいことにもうるさいですよ。「100%使え」と言ったら98%じゃダメ、100%なんだと。

     選手にも話すのですが、何でそういうことを言うのかというと、運というのは誰にでもどこにでも流れているんです。それをつかむか、つかみ損ねるかなんですよ。俺はつかみ損ねたくない。だから常につかむ準備をしている。自分でつかみ損ねていて、「運がない」と言っている人をいっぱい見てきました。「俺はそれをつかみたい。お前がたった1回ここで力を抜いたおかげでW杯に行けないかもしれない。運を逃してしまうかもしれない。お前がたった1回まあ大丈夫だろうと手を抜いたおかげで運をつかみ損ねて、優勝できないかもしれない。俺はそれが嫌なんだ。パーフェクトはないけど、そういうことをきっちりやれ」と言います。

     僕は「勝負の神様は細部に宿る」という言い方をします。試合に勝った負けたといった時には、大上段に構えた戦術論やシステム論が取りざたされます。それは大事ですが、勝負を分けるのは往々にしてそういう小さなことの積み重ねなんです。これはもう僕の信念ですね。concentrationではそういうことを言っています。

    ●お互いを認め合うのがチームワーク

    岡田 5つ目が「improve」。「今を守ろうとするな。常にチャレンジしてもらいたい」ということです。チャレンジしていくと必ずそこに壁が現れます。甘い誘いも来たりします。でもその時に、先ほど言ったように遺伝子にスイッチをいれるためにも「絶対簡単にあきらめるな」と。「壁は邪魔をするために現れてきているわけじゃない。本気で目指しているかどうかを試すために出てきている。本気なら必ずその壁を乗り越えられる。本気じゃなかったらあっさり壁に阻まれる」、そう選手に言っています。

     6つ目が「communication」。これはお互いを知るということ。communicationというと面接するようなことを思われるかもしれませんが、僕はあんまりしないです。

     僕は例えば、選手がストレッチしている時に、「おいお前、この前のシュートすごかったな」とポッと言ってやる。または、「おいお前、子ども生まれたらしいな、よかったな」とポッと言ってやる。すると、選手の顔がパッと明るくなります。どういうことかというと、「俺はお前を見ているよ」ということを伝えるんです。要するにお互いを認め合うということです。

     チームというのは仲良しグループが一番いいのですが、別に仲良しグループじゃなくてもいいんです。大体、男30人が集まってみんな仲良しなんてこと、今まで1回もないですよ。「どうもあいつそりがあわん」「どうもあいつ好かんな」ということはあります。でも、「どうもあいつ好かんけど、あいつにパス出したら絶対決めよる」「どうもあいつ馬が合わんけど、あいつにあそこ守らしたら絶対止めよる」、こうやってお互いを認め合うのがチームワークなんです。そう認め合ってもらうために、自分を認めてもらう努力をすること。これがcommunicationです。

     究極はあいさつですよ。あいさつは「自分には認め合う準備がありますよ」という印ですから。あいさつもきっちりできないのにcommunicationなんかとれないです。僕は毎朝犬の散歩をするのですが、知らない人に会っても必ず「おはようございます」とあいさつをします。

     今、若い人がどうのこうのとよく言われていますが、一番知らん振りするのはおっさんです。何も聞こえていないふりして無視していきます。若い人の方がしっかりしています。でも大分前ですけど、小学校低学年の女の子に「おはよう」と声をかけたら、ダーっと走って逃げられましたけどね(笑)。「知らないおじさんに声をかけられたら逃げろ」と言われているんじゃないかな、嫌な社会ですね。

     ウルグアイ戦後、この6つのフィロソフィーを選手に伝えました。そうやってチームが固まってきて、何とか最終予選を突破することができて、今W杯に出られるようになりました。

    ●人間万事塞翁が馬

    岡田 僕は色紙などに「座右の銘を書いてくれ」と頼まれたら、大体“人間万事塞翁が馬”という言葉を書くんです。ご存じでしょうが、中国の城塞におじいさんがいて馬を飼っていたと。馬は当時貴重なものだったのですが逃げてしまった。周りの人が「おじいさん、大変な災いでしたね」と言ったら、おじいさんが淡々と「いやいや何を言う。この災いがどういう福をもたらすか分からん」と言っていたら、逃げた馬が雌馬を連れて帰って財産が2倍になった。

     「おじいさん、良かったですね」と周りの人が言ったら、おじいさんが淡々と「いやいや、この福がどういう災いをもたらすか分からん」と答えたら、連れてきた馬に乗った息子が落馬して足を悪くした。「いやあ災難でしたね、おじいさん」と周りの人が言うと、またおじいさんは「いやいや、この災いがどういう福をもたらすか分からん」と。そして、戦争が始まって、村中の若者が駆り出されて全員戦死したのですが、その息子は足を悪くしていたので、戦争に行かずに生き残ったというように話が続きます。

     僕は「バーレーンに負けなかったら、どうなっていたんだろう」「ウルグアイに負けなかったら、どうなっていたんだろう」といろいろなことを今思います。そういうことが続いてくると、何か問題やピンチが起こった時に「これはひょっとしたら何かまたいいことが来るんじゃないか」と勝手に思うようになるんです。もうすぐ発表になりますが、今回もスケジュールで大変になることがまたあるんです。それは確かに大変かもしれない。でも、「ひょっとしたらこれでまた何か良いことが生まれるんじゃないか。強くなるんじゃないか」とだんだん考えるようになってくるんです。

     ずっと振り返ってみると常にそういう連続でした。「バーレーンに負けたおかげで今がある」と思います。そして、ふと自分の手元を見てみたら、僕がずっと探し求めていた秘密の鍵があったんです。これは秘密の鍵ですからお話しできませんけどね。秘密ですから(笑)。恐らく僕があの後、どれだけ机の上で勉強してもつかめなかっただろう秘密の鍵が、のた打ち回りながらでもトライしていたら、手の上に自然と乗っていたんです。

     僕はその時にふと「淵黙雷声(へんもくらいせい)」という言葉を思い出しました。僕は曹洞宗で座禅をするので総本山の永平寺に行った時、宮崎(奕保)※さんという禅師さんに謁見する部屋の掛け軸に書いてあった言葉です。弟子がお釈迦さんに「悟りとはどういうものなんですか?」と聞いたら、深く黙した(淵黙)。しかし、その淵黙が雷のような大きな声を発したように聞こえたと。お釈迦さんは「ここにいて悟りがどうのこうのと能書きを垂れているくらいなら、修行して一歩でも悟りに近づくように踏み出しなさい」ということを無言で伝えたんです。僕はその言葉を思い出しました。自分はああだこうだと頭で考えたり勉強したりしましたが、よく言われる「ともかくやってみろ」「ともかく始めてみろ」ということは本当なんだなという気がしました。

    ※宮崎奕保(みやざき・えきほ)……曹洞宗大本山永平寺第78世貫首。2008年逝去。

     時間の関係で中途半端な話になりましたが、何が言いたかったかというと、若い人にこれからチャレンジをしてもらいたいということです。「いやあ、今はこんなことやったって……」といった能書きはいい。ともかく一歩踏み出して、どんなことでもいいから目標を作ってチャレンジをする。

     僕はいろんな決断をする時に、「明日死ぬとしたら今どうするだろう」と自分を追い込みます。人生というのは「おぎゃー」と生まれてから、必ず来る死というものに一歩一歩進んでいくだけなんです。僕なんかはもう半分以上進んでいるんですけどね。誰もが必ず死ぬんです。この講演の帰りにポロッと死ぬ人もいるかもしれない。その間をいかに生きるかなんですよ。何もなく、のほほんと生きていくのも人生です。「生きているだけですばらしいこと」とよく言います、その通りです。

     でも、できるならどんな小さなことでもいいから、チャレンジをしてもらいたい。頭でごちゃごちゃ考える前に踏み出してみる。少々壁や何かがあろうが、そんなもの関係ない。必ず乗り越えられる。壁というのは邪魔をするためにあるのではない。自分の気持ちを確認されているんです。「本気でこいつはやってんのかどうか」と。そういうつもりでチャレンジに一歩踏み出していただければ幸いです。

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